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今日12月21日は「遠距離恋愛の日」^^ [ちょっと気になること!]

あなたは遠距離恋愛の経験はありますか?^^


昔の遠距離恋愛は、愛する二人が離れ離れで暮らしているのですから、お互いに寂しくて辛い日々を送っていたんでしょうね。

意思の疎通が出来るのは、手紙か固定の電話だけでしたからね。


その電話すら無い家もあったのですから、今は少なくなりましたが公衆電話が活躍していた時代です。

それに比べると今はテクノロジーの発達により、人々の生活を便利にし、またコミュ二ケーションの方法も変えてきました。

その影響は恋愛にも及んで、昔と比べると恋人同士の連絡回数も連絡手段も格段に選択肢が増えています。

ここでは連絡手段が肝要な遠距離恋愛がどのように変わってきたのか、ちょっと書き出してみました^^

10円玉を握りしめて公衆電話へ!手紙や電話が一般的だった1980年代。


昔は連絡を取り合うには時間がかかるものでしたが、手紙などはその最たるものです。

遠距離ではなかったのですが、交換日記なんてしてました^^


次第に、電報、電話、ポケットベルでの呼び出しや短文を送りあうように進化をしていきます。

電話といっても携帯電話やスマホはないんですよ。


1980年代の終わり頃には、学生寮や社員寮に住んでいて、週末彼・彼女と話をするために「10円玉」や「テレホンカード」を何枚も握りしめて、公衆電話から恋人に電話をかける、そんな風景が当たり前でした。

電話を受ける側にも、胸をドキドキさせるタイミングがありました。


たとえば、彼からの電話は夜22時、なんて約束事をしておかないと、家族に先に出られて気まずい思いをしたりと、いろいろと工夫が必要だったんですよね。

今とは随分違います。


今は声が聞きたい、顔が見たい、そう思ったら即願いが叶ってしまいます。


それも無料通信も出来るのですから、夢みたいな時代になりました。


はい、今日12月21日は「遠距離恋愛の日」なんです^^


FM長野の大岩堅一アナウンサーが提唱しました。


12月21日を繋げて表記した「1221」の両側の「1」はカップルが遠距離で離れ離れになっている様子を表現しています、中の「22」は恋人同士が会った時の2人を表します。

ちなみに、「1221」の中の「22」を電話のツーツー音に見立てて、遠距離の2人が電話で話している様子から、「1221」の並び数字は遠距離恋愛を表す隠語として以前から使われていたそうです^^

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今日12月20日は「デパート開業の日」 [ちょっと気になること!]

私は東京の日本橋という街が好きです^^


東京都中央区に位置する日本橋。


付近はかつての江戸時代を感じられる街でもあります。


地名の由来となった日本橋川にかかる橋は国の重要文化財となっていますね。


そして五街道の起点ともなっており、日本橋付近には観光スポットも沢山あります。


近代、商業地の発展によって大いに繁栄した街でもあります。


日本橋だけではありませんが、関東大震災、東京大空襲といったさまざまな歴史的事件に遭遇し、成長と衰退を繰り返します。

老舗と百貨店が共存、金融・オフィスの集積地としても魅力がありますよね。


明治から大正にかけて、呉服店などを前身にもつ百貨店の開店が多く見られました。


日本最古の百貨店は、江戸時代「三井越後屋呉服店」を営んでいた「三越」です。


「三越」は1904年に「デパートメントストア宣言」を行い、初めて百貨店という業態を打ち出しました。

やがて日本橋は、昔ながらの伝統を引き継ぐ老舗店舗と百貨店が共存する、商業地として繁栄していきます。

はい、今日12月20日は「デパート開業の日」です。


日本最古の百貨店は、江戸時代「三井越後屋呉服店」を営んでいた「三越」です。


明治37年12月20日、東京・日本橋の三井呉服店が三越呉服店と改称しました。


「デパートメントストア宣言」を全国主要新聞に広告掲載し、日本初の百貨店としての道を歩み始めた日です。

宣伝にも工夫を凝らし、有名な広告コピー「今日は帝劇、明日は三越」^^

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今日12月19日は「宇宙条約採択の日」 [ちょっと気になること!]

中国国家主席の習近平は地球だけではなく「宇宙強国」になるという野望に向けて突き進んでいますね。

ロシアや北朝鮮なども同様に人権を平気で無視できる思想の国家が金を持つとろくなことになりません。

我々の常識は通用しないのですからお話になりません。


残念なことですが、彼らに通用するのは力関係で優位に立つしかないのかもしれません。


宇宙開発で中国包囲網が進んでいます。


日米英など8か国が、月面開発などで衝突を避けるルール「アルテミス合意」に署名したことで、中国をけん制する狙いがあるようです。

一方、中国の「宇宙強国」の野望は、益々膨れ上がっているようです。


共通のルールを決めなければ、この覇権争いはとめどなく続くでしょう。


今日12月19日は「宇宙条約採択の日」です。


1966(昭和41)年12月19日に宇宙空間に関する世界的な基準となる「宇宙条約」が国連で採択されました。

宇宙空間での争いを避けるために1966年に採択されたのが「月その他の天体を含む宇宙空間の探査及び利用における国家活動を律する原則に関する条約」のことです。

この条約では「天体を含む宇宙空間に対しては、いずれの国家も領有権を主張することはできない」と規定されています。

しかしこの条約があるからといって全ての国が平等に月面探索の機会を得られるかというとそうでもなさそうです。

まず、この条約が「月面はどの場所もほぼ均質であるため、誰かが一部の地域を占拠しても他の団体が重要な月の資源を得る機会を奪うことにはならない」という前提に立っていることです。

ようするに、「こっからここまでちょっと探査用の機械を設置しますね」とある企業が月面の一部を占有したとしても、他にもたっぷり月面は残ってるんだから他の団体にとって損にはならない、という考えです。

しかし近年、月面の高解像度の画像が届くようになってこの前提が間違っていることが分かってきました。

月面も、場所によって価値がある場所とそうでない場所が偏在しているそうなんです。


早くついた企業や機関は、おそらくそういう場所から占有していくことに・・・


結局早い者勝ち!の理屈です。


腹黒い独裁者の習近平は、早いもの勝ちを狙っているのでしょう。


ルール決めを急がなくてはいけないと思うのですが・・・


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今日12月18日は「国際移民デー」 [ちょっと気になること!]

昔に比べると国内に外国人が増えましたよね~


古い集合住宅ですと殆どの部屋が外国人居住なんてこともあるようです。


わが国にとって海外からの労働力は絶対に必要ですからね。


少子高齢化、今のままの中途半端な状態で外国人を受け入れ続けて良いとは思いません。


お互いにそうだと思うのです。


日本は移民政策をとらないというのが従来の政府の見解です。


確かに、正規の手続きによる日本における移民の受け入れ数は少ないというのが実感です。


しかし、現代はグローバル化の時代ですよね。


人・物・金・情報の国境の壁が低くなっています。


一方、国内は少子高齢化による労働力不足や経済成長の停滞による閉塞感が漂っています。


日本のこのような状況を打破するためにも、外国人の活力や知恵が必要となっています。


世界中から発信されているニュースを見てみますと、21世紀の世の中でも地域紛争が消えることなく世界のあちこちで頻発し、避難を余儀なくされる人たちは後を絶ちません。

日本は世界の紛争地域から離れていることもあって、受け入れる難民の数が少ないとの指摘があります。

難民を他国にばかり押し付けるのではなく、先進国の一員として責任を果たす必要があるでしょう。


一方で、短期滞在の外国人単純労働者の数は増え、数字の上ではすでに移民大国であるという意見もみられます。

わが国では難民認定が認められる件数が諸外国と比べて著しく少ないと言われています。
昨年、令和3年における難民認定申請者数は2,413人で、前年に比べ1,523人(約39%)減少しています。
また、審査請求数は4,046人で、前年に比べ1,473人(約57%)増加していました。


難民認定手続の結果、わが国での在留を認めた外国人は654人です。


その内訳は、難民と認定した外国人が74人、難民とは認定しなかったものの人道的な配慮を理由に在留を認めた外国人が580人です。

「日本は難民認定が少なすぎる」!VS「ちゃんと審査をやった結果が少ないだけだ」!


難民認定をめぐる弁護士や支援団体と法務省などの立場の違う関係者とのやり取りですが、どちらが正しいとも言い切れないと思います。

日本へ救いを求めてきている人達だから難民認定をしてほしいのですが、その中にはわが国の国民へ害をもたらす輩が含まれている可能性も確かにあります。

しかし、現実の認識は立場によって異なりますが、本来目を向けなければならないのは、助けを求めて逃れてきた難民が現実に助けられていないという問題ではないでしょうか。

以前より難しい問題だと思っています。


それにしても、わが国の難民認定の比率は低すぎると思いませんか?


日本の認定率は1%未満です。


世界と比べるとどうなのでしょう?


各国の置かれた状況は違うため単純比較はできませんが、世界でも類を見ない極めて少ない認定数であることは事実のようです。

例えば、シリア難民の認定率(2020年)は、ドイツでは78%、アメリカでは62%、オーストラリアでは89%ですが、日本では、2011年から2020年の間で117人が申請したところ、認められた人は22人(決定数に対して22%)に留まっています。

法務省などがどんなに理由をつけても、本当に少なすぎますよね。


難しい問題だと思うのですが、もっと条件の良い身分保障のある状態での受けいれを急がないと、外国人は日本へは行きたくない!そんな状態になると思います。

はい、今日12月18日は「国際移民デー」です。


2000年(平成12年)の国連総会で制定されました。


「国際移住者デー」と呼ばれることもあります。


移民とは、生活や仕事のために異なる国に移り住む人のことをいいます。


この日は、世界中にいる移民が、移住先で搾取・差別・暴力を受けているという現実を知ってもらうとともに、持続可能な開発を進め、移民を含むすべての人間が尊厳を確保できるようにすることを目的としています。

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今日12月17日は「ブータンの建国記念日」 [ちょっと気になること!]

突然ですが、あなたは幸せですか?^^


誰でも大なり小なり何らかの問題を抱えていると思います。


しかし、自身の努力ではどうすることも出来ないことってありますよね。


「ブータン」と言う国を耳にしたことがありますか?


その国の国民は世界一幸せなのだそうです。


世界で一番幸せな国・ブータン!^^


でも、どうしてブータンの国民は世界一幸せなのでしょう?


ブータンは長年鎖国政策をとっていました。


1971年に国連に加盟して以来、国民総幸福量を基本とした国づくりで存在感を強めきてきたそうです。

第3代ジグミ・ドルジ・ワンチュク国王が【発展のゴールは『国民の繁栄と幸福』である】という考えを表し、第4代ジグミ・シンゲ・ワンチュク国王が【『我々の国の方針は、国や国民の為に経的独立、繁栄、幸福を実現し国をまとめることだ』】と語ったことからも、ブータンがいかに「GNH」を大切にしているかが分かります。

「GNH」とはGross National Happinessの略で、国民総幸福量のことです。


ブータンでは国王が国民から尊敬され、とても人気があります。


ブータンの提唱する「GNH」とは、分かりやすく言えば「経済的な豊かさではなく精神的な豊かさを重んじる」というものです。

ブータン人に「幸せですか」と尋ねると「はい」と答える人がほとんどなのだそうです。


これは、精神的・体験的なものに重きを置いているからだと思います。


「福祉の手厚さ、そして信仰心」これらがブータン人が自らが幸福だと感じる根本の理由だということでしょう。

「1日3食食べられて、寝るところがあって、着るものがあるという安心感」、それだけで満ち足りていて幸福だと思える。

それがブータン人にとっての幸福につながっているのです。


もしかしたら、私たちは多くを望みすぎているのかもしれません。


あれも欲しいこれも欲しい、あれも気に入らないこれも気に入らない、私たちの多くは不満の塊なんですよね。

確かにこれではきりがありませんよね。


はい、今日12月17日は「ブータンの建国記念日」です。


1907(明治40)年の今日12月17日、ウゲン・ワンチュク氏がブータンの初代国王に即位したことにちなんで制定された記念日です。
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今日12月16日は「東京駅八重洲口開設した日」 [ちょっと気になること!]

東京駅って本当に素晴らしいと思います。


丸の内側と八重洲側で見え方が違いますが、丸の内駅舎は日本一といっても過言ではないと思います。

と言っても、私は鉄道に全く興味がありませんので多くの駅舎を知っている訳ではないんですけどね^^

東京駅が復元されてからは観光客が増えたのではないでしょうか。


勿論、駅舎が素晴らしいだけではありません。


東京駅は東京の玄関口としての鉄道機能だけではなく、駅ビルや駅地下街を含めた宿泊、ショッピングなどさまざまな機能を併せ持つ総合ステーションといえるでしょう。

JRでいえば新幹線や主要幹線、山手線をはじめとする在来線が乗り入れ、乗り換えなしで行ける先は33の都道府県、プラットフォームの数も日本一多いのが東京駅です。1日あたりの列車発着本数は約3000本と、日本を代表するターミナル駅のひとつとして知られています。

東京駅は、明治中期に新橋と上野を結ぶ高架鉄道の建設が立案され、明治後期より、その新線と「中央停車場」の建設が始まり、1914(大正3)年、「東京駅」が開業しました。

東京駅は太平洋戦争で被災し、戦後、「丸の内駅舎」は階数を減らして復興されていましたが、2012(平成24)年、開業当時の姿に復原されています。

昭和4年12月16日、当初の丸の内側に加えて東側の八重洲口が新たに開設されました。


それまで東京駅の東側には江戸城外堀があったため、地形的な制約を受けて入口を設けることができませんでした。

大正14年に八重洲橋が再架橋され、昭和4年には東京駅東側に乗車券売場のみの改札口を設置しました。

昭和23年に東京駅拡張工事とともに外堀は埋めたてられ、八重洲橋も姿を消しましたが、堀は外堀通りに名を残しています。

はい、今日12月16日は「東京駅八重洲口開設した日」なんですよ~^^

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今日12月15日は「観光バス記念日」 [ちょっと気になること!]

観光業界だけでhないのですが、同業界はコロナの影響で大変な状況ですよね。


観光と言えば「観光バス」ですよね^^


私は観光バスで旅行をすることが好きです。


その理由は、目的地まで寝ていても着けるからです。


車の運転は疲れますし、列車は乗り換えが面倒だから^^


もう何年もバス旅行をしていませんが、また時期を見て出かけたいと思っています。


そんな大好きな観光バスも売り上げが低迷しています。


東京商工リサーチ発表した2022年上半期(1~6月)の貸切バス業倒産状況(負債1000万円以上)を見てみました。

それの調査によりますと、倒産件数は前年同期と同じ9件でした。


上半期では1993年以降の30年間で最多件数となったようです。


このうち、8件は新型コロナ関連倒産でした。


長引くコロナ禍の影響で、インバウンドの消失に加え国内旅行の激減で大打撃を受けている貸切りバス業界の苦しい状況がわかります。

海外ではコロナは過去のこと!なんて感じの国もあるようですが・・・


はい、今日12月15日は「観光バス記念日」なんですよ^^


1925年(大正14年)の今日、東京乗合自動車により日本初の定期観光バスである「ユーランバス」の運行が開始されました。

日本初の定期観光バスでしたが、路線バス扱いで、途中の下車観光地から乗車した場合の運賃も定められていたそうです。

当初のコースは「皇居前~銀座~上野」でした^^

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今日12月14日は「赤穂浪士切腹の日」 [ちょっと気になること!]

1702年(元禄15年)12月14日(旧暦)、赤穂浪士四十七士が江戸・本所松坂町の吉良邸に討ち入った日です。

大石内蔵助以下47人が、主君の仇討ちを成し遂げました。


四十七士は吉良邸から引き揚げて、吉良上野介の首を浅野内匠頭の墓前に供え、そして、吉良邸討ち入りを幕府に報告し、幕府の指示に従って全員切腹をしました。

この日を偲んで東京都港区高輪の泉岳寺や兵庫県明石市の大石神社・花岳寺などで義士供養の「義士祭」が行われています。

義士祭の日付は12月14日前後に行われることが多いそうです。


昔からこの事件を語る時には、赤穂浪士へスポットが当たりますが、吉良上野介はどの様な人物だったのでしょうね。

本当に悪役の吉良上野介は、陰湿で欲ばりな爺だったのでしょうか?^^


ちょっと調べてみたんです。


吉良家の先祖はなんと足利氏でした!


吉良家は足利将軍の流れをくみ、足利義氏の子の長氏が三河国幡豆郡吉良庄に移って以来「吉良」を名乗ったのを祖としています。

足利幕府では渋川、石橋と共に御三家と呼ばれた家柄でした。


しかし、応仁の乱以後没落し今川、織田、徳川と渡り歩くことになります。


吉良義定(義央の曾祖父)は吉良家中興の祖と言われる人物で徳川家康に取り立てられ二代将軍秀忠の侍臣となり千五百石を賜り天和元年(1615)に初めて高家となりました。

吉良家の血筋は申し分ないようですね^^

吉良上野介の地元では、民の為に尽くした人物として語りつがれているようです。


吉良上野介の地元は愛知県西尾市吉良町と言う所です。


地元での評判は「名君」「良い人」と私たちのイメージとはかけ離れた人物でした。


上野介は、農耕馬に跨り領内を見回りながら領民たちと交流を図っていたそうです。


凄いのは「黄金堤」という堤防もつくったという功績が残っていることでした。


吉良上野介、本当は良い爺さんだったのかもしれませんね^^


でも私は。赤穂浪士の忠義のお話が大好きです!^^

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今日12月13日は「煤払い・松迎え(正月事始め)」の日 [ちょっと気になること!]

今日12月13日は年神様を迎える準備を始める日なんですよ!^^


昔はどこの家にも竈(かまど)や囲炉裏(いろり)があったことから、一年間に溜まった煤を取り除き家の内外を大掃除するもので、煤掃き・煤納めの行事とも言われたそうです。

今では竈(かまど)や囲炉裏(いろり)なんて一般の家庭にはありませんからね~^^


見たことのない方も多いのではないでしょうか。


そうそう、神社やお寺の煤払いがTVのニュースで流れるのは今日ですね。


今でも各地の神社やお寺で、この行事は残っており、テレビや新聞などでその様子が伝えられる年末の風物詩となっています。

煤払いが終わった晩には、煤払い祝いといって、煤払いもちや団子などを食べる風習もあります。


近年では、大掃除を年末ギリギリに行うご家庭が多くなりました。


出来れば、今日、神棚やお仏壇だけでも煤払い(お掃除)をしてみてはいかがでしょうか。


お正月に年神様を迎える気持ちが一段と高まり、清々しい新年を迎えることが出来るとお思いますよ^^

私も仕事から帰ってきてから、神棚と仏壇の掃除をするつもりです^^

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今日12月12日は「児童福祉法公布記念日」 [ちょっと気になること!]

昨年の日本の出生数は、過去最少の81万人でした。


このコロナ禍でさらに少子化が進んでいるようです。


日本の将来の為にも、子どもや子育て世代にやさしい社会のための政策は少子化問題の解決に欠かせません。

日本の子どもの7人に1人が、貧困状態にあるといわれています。


2020年に厚生労働省が公表した「2019年 国民生活基礎調査」における子どもの貧困率は13.5%でしたが、学校の1クラスを35人とすれば5人は貧困状態ということになるのです。

私たちの国、日本でもそんな状態なのですね。


この数字に実感を持つことのできる人は、はたしてどのくらいいるのでしょうか?


最近はメディアでも子どもの貧困が大きく取り上げられるようになってきました。


日本における子どもの貧困はなかなか外から見えないのも特徴といえます。


何かと言えば自己責任を唱えていた首相がいらっしゃいましたが、努力すれば何とかなる、自己責任と考える傾向が浸透しているのかもしれません。

そんな風潮が実際に生活が苦しい状況にあっても当事者は声を上げにくい状況にあるようです。

子どもの貧困は、多くが相対的貧困を指しています。


世帯の可処分所得が全体の中央値に満たず、その国の生活水準と比較して貧しい状態をいいます。

生きていくのに欠かせないもの、家や食べ物がないような貧困は絶対的貧困といいます。

今や日本でも長引くコロナ禍や物価高騰の影響で食べる物に困る世帯も増えているのが現状なのです。

子供たちを貧困から守るために、私たちに何が出来るのでしょう?


私たち一人ひとりが考えるべき時です!


政治家や役人にだけに任せておいて大丈夫?日本で起きている事なのですからね。


はい、今日12月12日は「児童福祉法公布記念日」です。


1947年(昭和22年)の今日、「児童福祉法」が公布されました。


翌1948年(昭和23年)1月1日から一部規定を除いて施行され、4月1日から全面施行されています。

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