今日8月6日は「原爆の日」 [ちょっと気になること!]
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今年の8月で太平洋戦争(大東亜戦争)終結から77年が経過します。
77年というのは明治維新から太平洋戦争終結までと同じ長さです。
明治維新後、明治政府が経済の発展と軍事力の強化によって近代的な国家をめざし始めました。
その富国強兵を実現するための手段として進められた政策の1つが殖産興業です。
富国強兵は、学制、兵制、税制の改革、それに殖産興業から成り立っていました。
殖産興業は近代的産業を育てることがおもな目的で、官営模範工場の建設、交通や通信の整備、貨幣・銀行などの金融制度の整備などが進められました。
わが国は、産業革命期を経て急速に経済力をつけ、世界の強国の一角となっていったのです。
その象徴的な出来事は日清・日露戦争の勝利でした。
わが国が誤った方向へ走り始めた切っ掛けだったのではないでしょうか。
多くの国民は大日本帝国は必ずどんな戦争に勝つ!そう思っていたのでしょうね。
そして当時の愚かな指導者も・・・
あっ、先日TVで映画の「ひまわり」を放送していましたので久しぶりに観ました。
絶対に戦争を起こしてはいけないと思いました。
勝っても負けても、苦しむ(悲しむ)のは国民なのですから。
さて、今日8月6日は「原爆の日」ですよね。
太平洋戦争末期の昭和20年(1945)、広島市と長崎市に原子爆弾が投下された日で、広島市では8月6日、長崎市では8月9日でした。
広島では十余万人、長崎では7万人を超す死者が出て、残った被爆者たちは今もなお苦しんでいます。
この日を忘れてはいけない過去として刻むため、広島・長崎それぞれについて原爆の日、または原爆忌、原爆記念日としました。
私たち人間は、いったい何時になったら過ちに気が付くのでしょうね。
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今年の8月で太平洋戦争(大東亜戦争)終結から77年が経過します。
77年というのは明治維新から太平洋戦争終結までと同じ長さです。
明治維新後、明治政府が経済の発展と軍事力の強化によって近代的な国家をめざし始めました。
その富国強兵を実現するための手段として進められた政策の1つが殖産興業です。
富国強兵は、学制、兵制、税制の改革、それに殖産興業から成り立っていました。
殖産興業は近代的産業を育てることがおもな目的で、官営模範工場の建設、交通や通信の整備、貨幣・銀行などの金融制度の整備などが進められました。
わが国は、産業革命期を経て急速に経済力をつけ、世界の強国の一角となっていったのです。
その象徴的な出来事は日清・日露戦争の勝利でした。
わが国が誤った方向へ走り始めた切っ掛けだったのではないでしょうか。
多くの国民は大日本帝国は必ずどんな戦争に勝つ!そう思っていたのでしょうね。
そして当時の愚かな指導者も・・・
あっ、先日TVで映画の「ひまわり」を放送していましたので久しぶりに観ました。
絶対に戦争を起こしてはいけないと思いました。
勝っても負けても、苦しむ(悲しむ)のは国民なのですから。
さて、今日8月6日は「原爆の日」ですよね。
太平洋戦争末期の昭和20年(1945)、広島市と長崎市に原子爆弾が投下された日で、広島市では8月6日、長崎市では8月9日でした。
広島では十余万人、長崎では7万人を超す死者が出て、残った被爆者たちは今もなお苦しんでいます。
この日を忘れてはいけない過去として刻むため、広島・長崎それぞれについて原爆の日、または原爆忌、原爆記念日としました。
私たち人間は、いったい何時になったら過ちに気が付くのでしょうね。
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2022-08-06 00:00
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